ウェルスジェネレータ(準備室)

2016年6月22日水曜日

父は忘れる

父は忘れる



父は忘れる

リヴィングストン・ラーネッド

坊や、きいておくれ。
お前は小さな手に頬をのせ、汗ばんだ額に金髪の巻き毛をくっつけて、安らかに眠っているね。

お父さんは、ひとりで、こっそりお前の部屋にやってきた。

今しがたまで、お父さんは書斎で新聞を読んでいたが、急に、息苦しい悔恨の念にせまられた。
罪の意識にさいなまれてお前のそばへやってきたのだ。


お父さんは考えた。これまでわたしはお前にずいぶんつらく当たっていたのだ。

お前が学校へ行く支度をしている最中に、タオルで顔をちょっとなでただけだといって、叱った。
靴を磨かないからといって、叱りつけた。
また、持ち物を床の上に放り投げたといっては、どなりつけた。


今朝も食事中に小言を言った。
食物をこぼすとか、丸呑みにするとか、テーブルに肘をつくとか、パンにバターをつけすぎるとかいって、叱りつけた。

それから、お前は遊びに出かけるし、お父さんは停車場へ行くので、一緒に家を出たが、別れるとき、おまえは振り返って手を振りながら、「お父さん、行っていらっしゃい!」といった。
すると、お父さんは、顔をしかめて、「胸を張りなさい!」といった。


同じようなことがまた夕方に繰り返された。

わたしは帰ってくると、お前は地面に膝をついて、ビー玉で遊んでいた。
長靴下は膝のところが穴だらけになっていた。
お父さんはお前を家へ追いかえし、友達の前で恥をかかせた。

「靴下は高いのだ。お前が自分で金をもうけて買うんだったら、もっと大切にするはずだ!」

-これが、お父さんの口から出た言葉だから、われながら情けない!


それから夜になってお父さんが書斎で新聞を読んでいる時、お前は、悲しげな目つきをして、おずおずと部屋に入ってきたね。

うるさそうにわたしが目をあげると、お前は、入口のところで、ためらった。

「何の用だ」とわたしがどなると、お前は何もいわずに、さっとわたしのそばに駆け寄ってきた。

両の手をわたしの首に巻きつけて、わたしに接吻した。

お前の小さな両腕には、神さまがうえつけてくださった愛情がこもっていた。

どんなにないがしろにされても、決して枯れることのない愛情だ。

やがて、お前は、ばたばたと足音をたてて、二階の部屋へ行ってしまった。


ところが、坊や、そのすぐ後で、お父さんは突然なんともいえない不安におそわれ、
手にしていた新聞を思わず取り落としたのだ。

何という習慣に、お父さんは、取りつかれていたのだろう!

叱ってばかりいる習慣-まだほんの子供にすぎないお前に、お父さんは何ということをしてきたのだろう!

決してお前を愛していないわけではない。お父さんは、まだ年端もゆかないお前に、無理なことを期待しすぎていたのだ。お前を大人と同列に考えていたのだ。


お前の中には、善良な、立派な、真実なものがいっぱいある。

お前の優しい心根は、ちょうど、山の向こうからひろがってくるあけぼのを見るようだ。

お前がこのお父さんにとびつき、お休みの接吻をした時、そのことが、お父さんにははっきりわかった。ほかのことは問題ではない。

お父さんは、お前に詫びたくて、こうしてひざまずいているのだ。


お父さんとしては、これが、せめてものつぐないだ。

昼間にこういうことを話しても、お前にはわかるまい。だが、明日からは、きっと、よいお父さんになってみせる。
お前と仲よしになって、一緒に遊んだり悲しんだりしよう。小言を言いたくなったら舌をかもう。そして、お前が子供だということを常に忘れないようにしよう。


お父さんはお前を一人前の人間とみなしていたようだ。こうして、あどけない寝顔を見ていると、やはりお前はまだ赤ちゃんだ。

昨日も、お母さんに抱っこされて、肩にもたれかかっていたではないか。
お父さんの注文が多すぎたのだ。


「人を動かす」 デール・カーネギー著 より

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